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コラム「説く盛りどんぶり」 67杯目

依存と自立

テレビの番組で、ある地方自治体の現状をレポ-トしていた。
今話題の道路特定財源の見直しが、地域の生活にどんな影響を及ぼすかについて、誇大かもしれないが、面白く採り上げたものである。
その自治体は、人口が20,000人位で過疎地、住民の大半はお年寄りである。
しかし、道路関連の公共事業のおかげで区域内に道路建設業者が13社あり殆んどの住民はその関係の会社で仕事をしている。そして、それらの会社の売上の70%は公共事業であると言う。
その自治体の首長が言っていた。「とんでもない事です、公共事業が無くなったら、この町が無くなる。住民にいったいどうして生きて行けというのか?」
「悪い事をしているのではない、当たり前の事をしているのだ。道路を作ってみんなに役立っている」「どこがいけないんだ!!」

確かにその地域では深刻な問題である。
しかし、逆になぜそんな自治体が今まで存在し続けることが出来たのだろう。
もっと以前に自主、自立、自己責任の精神を促す、と言う当たり前の事をやっていたら、自立の道を見つけ出しえていたかも知れない。双方とも依存の構造に気づかずにやってきた事が原因だろう。この場合、やったのは国で、気づかずとは言え甘んじたのは地方である。現実には、「対応を突然求められてもどうにも成らない」ところまで来ている。繰り返すが、「依存で食って来れた事が当たり前」の構造だったのが原因である。この構造は戦後50年を経て、日本全国どこもかしこも、又どの業界でも、多かれ少なかれ同じようなものに成っている。

雑誌で知った事だが、オランダのある湖に渡り鳥が来ていた。近くの住民が疲れているのを見て餌をやり始めた。それを知った仲間の渡り鳥までそこに来るようになって、大変な数になり、やがて渡り鳥は飛び立たず、そこに居座るようになった。

餌を与え異存心を植え付ける事については同じことである。

護送船団方式の誤りが問題に成って久しいが、現在の閉塞感は、その問題の先送りの結果である。現実を直視して早めに対処しなければ、そのツケは必ず来ると言う事だろう。

構造改革で痛みが来ると言う。
これからどの位の期間で、そのツケを痛みとして支払わなければならないのだろう。おのおので、とにかく頑張らなければ仕方が無い。
国は、セ-フティネットを準備すると言っているが、自立を促すものであって欲しいと思う。


BON

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